UNDERTALEとdeltaruneのファンブログです。

UNDERTALEとMOTHERシリーズ

クラウスとアズリエル(大人)

前回の記事でも少し触れましたが、「ファミ通」のインタビューによるとTobyさんが最も影響を受けたゲーム「MOTHER(英語版タイトルはEarthBound Beginnings)」シリーズらしいです。

そもそも筆者がUNDERTALE をプレイしてみたいと思った理由の一つが「MOTHERシリーズとグラフィックが似ているから」だったのですが、実際にプレイしてみると随所に「MOTHERっぽさ」が感じられたので、今回は思いつく限りそれを振り返ってみたいと思います!

※パ〇リだと言いたいのではなく、「MOTHERシリーズを振り返りつつ、UNDERTALEのストーリーを今一度考察してみよう!」というのが、本記事の趣向です。両作品のネタバレを含みますので、未プレイの方はそれぞれのゲームをプレイしてからの閲覧をお勧めします。

主人公のTシャツ

UTには二人の人間が登場しますが、二人とも横しまのTシャツ姿です。言うまでもなく、これはMOTHERシリーズの主人公へのオマージュでしょう。

ちなみに、同じくMOTHERシリーズを基にして作られた「ポケモン」の主人公は横しまのTシャツを着てはいないものの、帽子にリュックとやはり「MOTHER1、2」の主人公のデザインを意識したものになっています。

ギーグとオメガフラウィ

オメガフラウィ戦だと、しばらく敵の攻撃に耐えていると「たすけをよぶ」コマンドが出て来ますが、これは「MOTHER2」のラスボス、ギーグ戦でポーラ(本作のヒロイン)が「たすけて下さい」と祈りを捧げた事へのオマージュと思われます。「助けをよむ」コマンドによって主人公とプレイヤーがフラウィーに取り込まれた魂から助けられたように、ポーラ達もまた祈りによって助けを借り、ギーグを退ける事に成功します。

また、オメガフラウィのディスプレイに映る顔もどことなくギーグを連想させます。筆者は何も知らなかった頃はオメガフラウィに映った顔を見て「なんて不気味なんだ!」と思いましたが、実はあの顔は作者さんのものだと知ってから「楽しそうな顔」にしか見えなくなりました(笑)。

※ギーグを知らない人はググってみよう!

クラウスとアズリエル

主人公以外で似ているのは、なんと言ってもこの二人でしょう。クラウスはMOTHER3(以下M3)の登場人物で、二人の特筆すべき共通点は「第三者の力によって蘇えったが、死んだ事が原因で心(≒感情)を失っている子供」というという事です。

クラウスとアズリエル(子供)

クラウスは、作中で落命した後、メカキマイラとして強制的に蘇生させられ、黒幕の意のままに操られていました。一方、アズリエルがアルフィー博士の実験により、死後フラウィーとして蘇ったのは皆さんご存じの通りです。

Pルートで和解したアズリエルと主人公がハグする場面がありますが、M3にも和解したクラウスが主人公を抱きしめる描写があります。ただし、M3では真っ白な画面に文章でそう表示されるだけだったのに対し、UTではその場面がドット絵で描かれました。どっちの描写の方がよいかは意見が割れそうなところです。(私はUTの二人がハグするドット絵にグッと来たけどね)

また、「Pollyanna」によるとTobyさんは「UNDERTALE のキャッチコピーを『奇妙で面白い。そして切ない』にしたかった」と冗談交じりに語っていましたが、このコピーはM3のものです。   Pルートの物語は少なからずM3を意識したものだと思われます。

ちなみに、筆者がPルートでアズリエルの真実を知った時、まっさきに思い出したのはほかでもない、M3の物語とクラウスの事でした。

M3をクリアした当時、クラウスの辛過ぎる人生に悲しくなり、暗い気持ちを1週間程引きずりましたが、アズリエルの背負った運命はさらに輪をかけて過酷でした…(^^;)(私の心中がどうなったかはお察しください…)

ただし、二人には決定的に違う点が一つあります。それは、クラウスは完全に自我を失い、黒幕の意のままに動く操り人形だったのに対し、フラウィーは感情こそ失っていたものの、意識(自我)はあり、自分の意思で地下世界を荒らしまくっていたという点です(^^;)

その為、まったくの無口かつ無表情だったクラウスとは対照的に、フラウィーは饒舌かつ表情豊かです(良くも悪くも…)。

また、フラウィーから元の姿に戻った直後のアズリエルは「I was so tired being a flower」と語ります。(公式日本語版だと「もう花の姿はこりごり」になっていますが、非公式日本語版だと「ボクはもう花でいることに疲れた」と翻訳されており、後者の方が原文に近い意味だと思います)」

この「もう疲れた」という表現はM3のクライマックスにもあり、リュカと一騎打ちになったクラウスに二人の亡き母であるヒナワが「クラウス…もう疲れたでしょう。おかあさんのところにおいで!」と呼びかけています(これはたまたまだと思いますが、一応書いておきます)。

ちなみに、皆さんご存じの通りdeltaruneにはRalseiというAsrielとアナグラムの名前を持つキャラクターが登場しますが、クラウス(Claus)にもまたリュカ(Lucas)という自分とアナグラムの名を持つ双子の弟がいます。

このリュカこそがM3の主人公で、スマブラにもプレイヤーキャラとして登場しています。

金色の花

UTの物語の根幹には「金色の花」が登場しますが、このモデルはひまわりだろうと思います。何故なら、M3にも作中を彩る花としてひまわりが登場しているからです。

UTではフリスクがゲーム開始時とウォーターフェルからゴミ捨て場(?)に落ちた時に金色の花畑の上に落ちますが、M3にもリュカが亡き母の面影を求めてひまわりの高原から下へとダイブする場面があります。

プレイヤーはゲームの世界を映す鏡

M3では、リュカと心を失ったクラウスが世界の命運をかけて戦っていました。

具体的にはリュカがノーウェア島の針を抜けば世界は救われ、クラウスが抜くと世界が滅びてしまうという事です。この針は全部で7本あり、全ての針を抜くと闇のドラゴンが復活します。

闇のドラゴンは針を抜いたものの心を映す為、心の亡いクラウスが針を抜くと世界が滅びてしまうのですが、最終的にはリュカが抜いた針が4本、クラウスが3本とリュカの勝利となり、世界は救われました。

少し無理やりではありますが、Pルートのプレイヤーをリュカ、Gルートのプレイヤーをクラウスに見立てると、UTにおける闇のドラゴン(プレイヤーの心を映す鏡)はPルートではアズリエルとなって世界を救い、Gルートではキャラとなって世界を滅ぼすという風に考えることもできます。(これはかなり強引な考察なのであまり気にしないで下さい)。

クラウスとアズリエル(大人)

他にもあるかもしれませんが、今回は以上です。「UNDERATALEは大好きだけどMOTHERシリーズはよく知らない!」という方はUTのルーツの一つとして是非プレイしてみて下さい!

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